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福岡高等裁判所 昭和33年(う)731号 判決

原告 小滝イネ

被告 神奈川税務署長

訴訟代理人 河津圭一 外三名

主文

本訴のうち、租税債務の不存在確認と被告に対し差押登記の抹消登記手続を求める部分の訴を却下する。

本訴のうち、原告その余の請求はいづれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、(一)被告が昭和三二年五月一六日原告の昭和三〇年分所得に関しなした更正請求を棄却する旨の決定を取消す。(二)原告が昭和三〇年分所得税金三九五、六一五円の租税債務を負つていないことを確認する。(三)被告が別紙目録(一)記載の建物についてなした右国税滞納処分による差押を取消す。(四)被告は原告に対し、右建物について、横浜地方法務局昭和三一年五月七日受付第一九三九三号をもつてなされた国税滞納処分による差押登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和三〇年四月二十五日訴外日本水産株式会社に対し、その所有する別紙目録(ニ)記載の土地を、代金五、六〇〇、〇〇〇円、後記抵当権を抹消して所有権移転登記と引渡をする約定で売渡した。

二、原告は、被告から前項の不動産譲渡による所得申告をするようにされ、又指示を受けたが、その指示によれば、右売買代金中土地の再評価価額金一、五四二、二〇〇円、及び租税特別措置法第十八条(改正三五条)による買換資産買入価格等金一、五三六、三二六円(原告が本件土地の買換として取得した別紙目録(一)記載の建物の代金一、五〇〇、〇〇〇円及びこれに附帯する諸費用金三六、三二六円の合計)を所得税法の定めにより差引いた上、同法所定の計算による金二、五二一、四七四円が譲渡所得の額であるとし、所得税法第九条により、さらに金一五〇、〇〇〇円を控除し、その一〇分の五に相当する金一、一八五、七三七円を昭和三〇年分の所得額として、これより概算所得控除その他各控除合計金一三六、〇〇〇円を差引いた残額一、〇四九、七〇〇円を課税される所得金額、その税額金四七二、三六五円、とのことであるので、原告は昭和三一年三月一五日右指示通りに確定申告をした。

三、しかし、前記売却不動産については、訴外小滝工業株式会社が、訴外株式会社神奈川相互銀行に対して負担する極度額三、〇〇〇、〇〇〇円の債務のため昭和二八年一一月一八日根抵当権を設定していたので、原告は買主の日本水産株式会社から、売買代金の内金三、〇〇〇、〇〇〇円の前払をうけ、これを訴外銀行に支払い、右抵当権設定登記を抹消した上、所有権移転登記手続をした。

四、それ故、原告の譲渡所得額は、被告の指示した前記二、五二一、四七四円から、さらに根抵当権設定登記抹消のために支払つた金三、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額とならなければならないもので、結局譲渡所得はないことになる。

元来、抵当不動産は抵当権の設定により、被担保債権額だけ交換価値が少ないものであるから、売買代金から右の被担保債権額を控除したものが真の譲渡代金でなければならない。仮りにそうでないとしても、主債務者たる訴外小滝工業は昭和三〇年二月すでに支払を停止し、同年五月末日を以て全従業員を解雇して休業したもので、本件土地の売買の行われた同年四月二五日現在において、借入金の合計一二、五〇五、〇〇〇円、未払金の合計三、九二一、四二四円、支払手形六、〇〇〇、〇〇〇円の諸債務があるのに、唯一の財産である工場の建物(時価三、〇〇〇、〇〇〇円)は、訴外横浜銀行に対する三、〇〇〇、〇〇〇円の債務のため抵当権が設定され、他に債務弁済の資力がないから、原告の訴外神奈川相互銀行に対する金三、〇〇〇、〇〇〇円の代位弁済は求償できる見込がなく、全額原告の損失となるものである。したがつて、この弁済額に相当する金額は原告の所得となるものではない。さらに、そうでないとしても、右弁済は、不動産を譲渡するための法律上必要な支払であり、所得税法第九条八号に所謂譲渡に関する経費に該当するから、その所得から控除すべきものである。以上いずれにせよ、原告の譲渡所得税額は皆無に帰する。

五、原告は、前記申告後、その誤つていたことに気付いたので、昭和三一年四月二日被告に対し、譲渡所得額につき更正請求の申立をしたが、三二年五月一六日付を以て右更正請求棄却の決定をうけ、同年六月一一日東京国税局長に対し、さらに、審査の請求をしたが、同年九月二七日右請求を棄却され、翌二八日該決定の送達をうけた。

六、被告は原告の前記確定申告にもとずき、昭和三一年三月二四日原告に対し、金四七二、三六〇円の国税資金督促および利子税等納税告知をなし、更に同年五月一日別紙目録(一)記載の物件に対し、国税滞納処分による差押をなした。もつとも、被告は三三年一月一〇日附の昭和三〇年分所得税減額更正通知書を以て税額の算出誤謬を理由に原告の譲渡所得を三九五、六一五円と更正してきた。

七、以上のとおり、原告の昭和三〇年分所得税の確定申告による譲渡所得は存在しないものであるから、右申告は当然無効であり、原告には所得税法に定める納税義務がない。然るに被告は原告の右主張を認めず、納税告知並びに滞納処分手続をなしてきたので、原告は請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の本案前の答弁に対し、

八、租税債務不存在確認の訴が、被告主張の如く公法上の権利関係に関する訴訟であるとしても、行政庁の権限行使を直接の対象とする訴訟は行政事件訴訟特例法第三条を類推適用して、処分庁にも被告適格を認めるべきである。

九、差押処分の取消及び差押登記の抹消登記手続の請求は、租税債務不存在確認訴訟の原状回復を求めるもので、前述の如く租税債務の不存在を理由とする更正請求の申立及び審査請求の申立がいづれも棄却されているのであるから、差押処分に対し同じ理由で再調査乃至審査の請求をしても聴許されないことは明らかであつて、本件ではこれらの前置手続を経ないで訴を提起しうる正当な事由がある。

のみならず、右差押処分取消等の請求は、行政事件訴訟特例法六条のいう関連請求であつて、本件の如く租税債務不存在確認の請求につき、再調査と同様の更正請求や審査の請求がなされているときは、関連請求についてさらにこれらの請求を経ることがなくても、訴の提起が許される。

仮りに、右の主張が理由ないとしても、原告は本件租税債務は存在せず、この存在を前提とする被告の差押等一連の行政処分には明白且つ重大な瑕疵があり、当然無効であるとして、その正当性を争うものであるから、訴願前置の制約に従わない。

と述べた。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、更正請求に対する決定の取消を求める部分を除き、その余の原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、本訴のうち、つぎの訴はすべて不適法である。すなわち、

一、租税債務不存在確認の訴は公法上の権利関係に関するいわゆる当事者訴訟にほかならないから、権利帰属主体である国を被告とすべきもので、国の行政機関にすぎない本件被告の神奈川税務署長は当事者適格を欠いている。

二、被告に対し、差押登記の抹消登記手続を求める部分の訴は、行政庁に対し行政上の行為をなすべきことを命ずる裁判を求めるものであるが、三権分立の建前から、裁判所に、かような裁判をする権限はないから、不適法として許されない。

三、被告のなした差押処分の取消を求める部分の訴は、差押処分のなされた昭和三一年五月一日より現在に至るまで、同処分に対して再調査ないし審査の請求を経ていないから、訴願前置の要件を欠き、不適法である。

と述べ、

本案の答弁として、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

原告が昭和三〇年四月二五日訴外日本水産株式会社に対し、その所有の別紙目録(ニ)記載の土地を代金五、六〇〇、〇〇〇円で売渡し、また、右土地の買換として原告主張の家屋(別紙目録(一))を代金一、五〇〇、〇〇〇円で取得したこと、三一年三月一五日被告に対し課税所得総額一、〇四九、七〇〇円、これに対する税額四七二、三六五円として確定申告をしたこと、昭和三一年四月二二日被告に対し、譲渡所得税につき更正請求をしたが、三二年五月一日附をもつて右更正請求棄却の決定をされたこと、さらに、三二年六月一一日東京国税局長に対し審査の請求をしたが、同年九月二七日右請求を棄却され、翌二八日該決定の送達を受けたこと、昭和三一年三月二四日被告が原告に対し、金四七二、三六〇円の国税資金督促及び利子税等納税告知をなし、同年五月一日別紙目録(一)記載の建物に対し国税滞納処分による差押をし、三三年一月一〇日附三〇年度分所得税額更正通知書を以て、税額算出誤、謬による原告の譲渡所得税を三九五、六一五円と更正したこと、及び訴外小滝工業株式会社が昭和三〇年四月二五日当時から引続いて現在まで殆んど無資力であつて、原告に対する求償債務の弁済資力がないことは認めるが、本件譲渡不動産に抵当権が設定され、原告がこの抵当債務を代位弁済したとの点は知らない。その余は否認する。

一、被告の本件課税の経緯は次の通りである。

(一)  確定申告

原告は昭和三一年三月一五日被告に対して昭和三〇年分所得税の確定申告を提出したが、その内容は次の通りである。

所得(譲渡所得) 一、一八五、七三七円

控除         一三六、〇〇〇円

概算所得控除      七、五〇〇円

生命保険料     一三、五〇〇円

扶養控除      四〇、〇〇〇円

基礎控除      七五、〇〇〇円

課税総所得  一、〇四九、七〇〇円

税額       四七二、三六五円

(二)  これにつき被告が調査したところ、原告の課税標準額、控除額、課税総所得額はいづれも右申告書と一致した。しかして、右課税標準についての被告の計算は次の通りである。

(イ)  譲渡価額 五、六〇〇、〇〇〇円

(ロ)  差引額  一、七三三、七六一円、

(租税特別措置法第一八条適用)

買換資産買入価額   一、五〇〇、〇〇〇円

同買入経費        二三三、七六一円

(ハ)  譲渡があつたとみなされる部分の収入金額、 三、八六六、二三九円

(ニ)  差引額(右部分の取得価額)一、三四四、七六五円

(次の合計額に(ハ)/(イ)を乗じたもの)

再評価額       一、七三五、六四〇円

譲渡経費         二一二、一六五円

(ホ)  譲渡所得額 二、五二一、四七四円

(ヘ)  課税標準額((ホ)から一五〇、〇〇〇円を控除したものの1/2) 一、一八五、七三七円

しかし、右課税総所得額に対する申告税額は過大であり、算出に誤謬があると認められたので、被告は昭和三三年一月一〇日次のように減額更正し、原告に通知した。

税額 三九五、六一五円

二、仮りに、本件不動産に原告主張の抵当権が設定されていたとしても、抵当権の設定はその不動産の交換価値を債権の担保の用に供するに過ぎないから、交換価値そのものを減少したり、失わせたりするものでない。ただ、将来債務不履行があつた場合に、抵当権の実行により交換価値が実現された上、その代金が債権の弁済に充てられるという関係を生ずるに止まる。不動産の譲渡にあたつて、被担保債権を弁済するかどうかは、単に、譲渡の便宜の問題である。

三、仮りに、原告が右抵当権を消滅させるため抵当債務を代位弁済したとしても、これに要した支出金は当該不動産の譲渡経費ではない。元来甲支出が乙目的の経費とされるためには、甲支出が乙目的のために必要であるとともに、その支出に対応する別個の受取項目がなく、これが損失を乙勘定に帰属させて考えることを要するものでなければならない。

原告主張の右支出は、当該不動産の譲渡を容易にするのに役立ちはするが、本来他人の債務の弁済であつて、これに対しては、債務者に対する求償権が見合うものであり、従つてその損失は未だ当該不動産の譲渡収支に帰属させることによつて、これを解決することを要するものではない。この求償権は、債務者が無資力であれば実効をおさめることができず、原告に損失を生ずるが、所得税の課税標準の計算上、控除される。要素は所得の種類毎に一定されており、且つ、右所得別の計算の結果、損失が残つていた場合に限り、これをさらに他種の所得の全額から控除されることに定められている。原告主張の支出が譲渡の経費でないことは右のとおりで譲渡所得の計算上控除されるべきものと定められたその他の要素にもあたらないから、控除できない。と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、まず本案前の答弁について判断する。

(一)本訴のうち、原告の昭和三〇年分所得税金三九五、六一五円の租税債務不存在確認を求める部分は、公法上の権利関係に関するいわゆる当事者訴訟にほかならないから、権利帰属主体でない課税処分庁の税務署長は被告としての当事者適格を欠くものであること被告主張の通りである。この訴が、原告主張のように、行政庁の権限行使を直接の対象とするものでないことは多言を要しない。

従つて、この訴は不適法たるを免れない。

(二)次に、滞納処分による差押の取消請求についてみるに、この訴の提起前に国税徴収法の定める再調査ないし審査の請求手続を経ていないことは、原告の認めるところであるが、原告がこれより先の昭和三一年四月二日本件と同じ実体関係を理由として被告に対し譲渡所得税に関する更正請求をし、さらに三二年六月一一日東京国税局長に対し審査の請求をしたが、いづれも棄却されたことは当事者間に争いのないところであるから、このうえ、差押処分に対し同一行政庁に再調査ないし審査の請求をしても、許容される見込がなく、いたずらに時日を空費するのみであることは原告主張のとおりであつて、かような場合前置手続を経るべきことを求めるのは無意味であるから、国税徴収法第三一条の四第一項但し書にいう「正当な事由があるとき」にあたるものとして、前置手続の経由を要しないものと解する。この点に関する被告の抗弁は採用しない。

(三)差押登記の抹消登記手続を求める訴は、差押処分の取消請求と関連する原状回復を求めるものであること原告主張のとおりである。しかし、行政事件訴訟特例法第六条第一項の規定は、かような原状回復の請求に、行政庁の当事者適格を認めるものではないことは言をまたないし、他にこれを認むべき根拠がない。もし、右差押取消の請求が認容されると、同法第一二条により、被告は差押登記を抹消する職責をもつにいたるが、そのことと、本訴に当事者適格があるか否かとは別個の問題であることも説明の要はない。それ故、この点の訴は不適法として排斥すべきである。

二、そこで、本案について判断する。

(一)  原告が昭和三〇年四月二五日訴外日本水産株式会社に対し、その所有の別紙目録(二)記載の土地を代金五、六〇〇、〇〇〇円で売渡し、また右土地の買換として別紙目録(一)記載の家屋を代金一、五〇〇、〇〇〇円で他より取得したこと、三一年三月一五日原告より被告に対し、昭和三〇年分所得税の確定申告として、課税所得総額一、〇四九、七〇〇円所得税額四七二、三六五円の申告が行われ、その後、三一年四月二二日右申告の譲渡所得税につき被告に更正請求をしたが、三二年五月一日請求棄却の決定をうけ、さらに三二年六月一一日東京国税局長に対し審査の請求をしたが、同年九月二七日請求棄却の決定をうけたこと、三一年三月二四日被告より原告に対し、四七二、三六〇円の国税資金督促および利子税等納税告知をし、同年五月一日別紙目録(一)記載の家屋に対し国税滞納処分による差押をし、ついで、三三年一月一〇日減額更正通知書をもつて、原告の前記所得税を三九五、六一五円と更正したこと、訴外小滝工業株式会社が昭和三〇年四月二五日当時から現在まで原告主張の代位弁済による求償債務を弁済する資力がないことは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争のない甲第一号証、第二、三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一ないし一四を綜合すると、原告はこれより先、訴外小滝工業が訴外株式会社神奈川相互銀行に対し負担する極度額三、〇〇〇、〇〇〇円の債務を担保するため、原告所有の別紙目録(二)記載の土地に根抵当権を設定することを約し、昭和二九年六月二日その旨の登記をしたが、昭和三〇年四月二五日前記日本水産株式会社に対し、右土地を売却するに際し、原告において右根抵当権設定登記を抹消して所有権移転登記と引渡をする約束をしたので、即日同会社から売買代金の内金三、〇〇〇、〇〇〇円の前渡をうけて、これを抵当債権者の神奈川相互銀行に支払い、根抵当権の抹消登記手続をした上で日本水産株式会社に所有権移転登記手続をし、売買残代金二、六〇〇、〇〇〇円を受領した事実が認められる。

(三)  原告は、抵当権の設定された不動産は被担保債権額だけ交換価値が少ない、と主張する。しかし、不動産そのものの価値が抵当権の設定により、減少するいわれはなく、現に本件で定められた代金五、六〇〇、〇〇〇円が抵当権の存否により影響されない価格(交換価値)であることは、弁論の全趣旨より明かである。もし原告の主張するように、被担保債権額だけ交換価値が減少しているものとすると、訴外日本水産の支払つた代金中三、〇〇〇、〇〇〇円は何の対価であるか、説明に窮することになり、また、交換価値の減少した不動産が売買の目的物になるのであれば、民法第五六七条の売主の担保責任、同法五七七条の買主の代金支払拒絶権等の規定は、これを認める根拠がないことになつてしまうわけで、いづれも不当である。

(四)  原告は、また、主債務者に求償債務弁済の資力がない場合には、代金額から被担保債権額を控除したものが譲渡所得である、と主張する。しかし、譲渡所得と、その所得の処分行為とを混同してはならないことは言をまたないところで、一たん得られた所得が無益に処分されたとしても、これをもつて所得そのものが減少するわけのものではない。原告のなした抵当債務の代位弁済は主債務者に対し求償できるものであつて、ただ本件では、債務者が無資力におちいつたため、事実上その効果を上げることができないのにとどまるものであり、これとても、さきに抵当権を設定するに際し将来の求償権行使を確保する方法を講じておけば、原告の損失となることを防止できた筈のものである。原告の代位弁済は一たん得られた所得である五、六〇〇、〇〇〇円中の一部の処分行為であることは原告の主張自体に照し明かで、それが債務者に対する求償権を対価的に取得させるものである以上、たとえ叙上のような諸種の要因の競合から、その権利行使に実効をあげることができなくなつたとしても、これをもつて所得そのものを減少さすものとみるわけにはいかない。

(五)  原告は、さらに、右代位弁済額をもつて譲渡に関する経費であるから、これを控除すべきものである、と主張する。所得税法第九条第八号は、譲渡に関する経費をもつて譲渡所得の控除項目としているが、その意味については特に規定するところはないから、用語の示す通常の意味内容をもたせたものと解するほかはない。とすれば、譲渡に関する経費とは当該譲渡に直接必要なものであつて、この損失に対応する別個受領項目がなく、この損失を、その譲渡勘定に帰属させるほかない場合をさすものと解すべきことは被告主張のとおりである。本件の根抵当権抹消のための原告の代位弁済は、譲渡に直接必要な費用ではないし、主債務者に対する求償権の取得という別個の受領項月があり、譲渡勘定に帰属させるほかない場合でもないから、いづれの点からみても、前記経費にあたると断ずるわけにいかない。もし、原告の主張に従えば、主債務者の辨済資力の有無やその大小によつて、経費となり、ならなかつたり、経費となる額が増減したりするわけになるが、これらは経費の意義を広く用いすぎた結果の矛盾であり、所得の控除項目が、かような、不明確な外部の事情で左右されてよい道理はない。

(六)  とすれば原告の所得の計算に右代位辨済額を控除しなかつた被告の措置に違法はなく、被告の行政処分をもつて瑕疵があるものとすることはできない。

三、よつて、原告の本訴のうち、その一部を不適法として却下し、その余を理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担については民訴法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 森文治)

目録(一)(二)〈省略〉

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